『図書館の大魔術師』考察ブログ

~しがないつぶやき【Z:sub】~

オーストラリアの魔女

十代のころ、オーストラリアで魔女を見た。

あまりにもな話だったので、当時の友人たちにはついぞ語ることはなかった。しかし、誰に何と言われようと、ぼくにとって譲れない事実である。

あれは魔女だった。

 

オーストラリアに降り立ったのは2003年、高校2年のときである。ぼくの属していた学級は国際コミュニケーション類型といって、カリキュラムにホームステイが組み込まれており、7月中旬から8月頭にかけて20日間の日程でパース Perth に滞在し、現地の語学学校に通った。

 

フリーマントル Fremantle は、西オーストラリア州の州都パースにほど近い港町である。インド洋に向かって開かれたこの街は、同時にオーストラリア西部を代表する港湾都市でもある。パースの印象が、荒野の真ん中に突如として現れる近代都市という感じであるのに対し、フリーマントルは街並みや雰囲気にヨーロッパ的な港町の風情を残している。

 

世界遺産フリーマントル刑務所」をはじめとした観光地でもあるので、週末にホストファミリーに連れられてであったり、その語学学校の遠足としてであったりと、この街には滞在中、数回訪れることになった。ぼくにとっては、ただの都会であるパースや、砂と石ころばかりの砂漠よりも、こちらのほうが異国情緒を感じることができた。港に停泊する漁船やヨットの向こう、どこまでも果てしなく広がるインド洋の海面が、陽の光を受けてキラキラと波打つさまを目にしたときなどは、周囲もはばからずむやみに感動したものである。

 

日本へ帰国する数日前の週末、同じクラスの友人と連れ立って、買い物がてらフリーマントルへ向かった際、街角で奇妙な体験をした。滞在も2週間を過ぎて、はじめはおっかなびっくりだったバスにも臆することなく乗れるようになり、英語のほうも流暢とはいかないが、それなりに意思の疎通ができるようになっていた頃である。

 

何軒か店を冷やかしているうちに友人とはぐれ、ぼくは1人で裏路地に入った。

裏路地と言っても、オーストラリアのそれはむやみに広くて、車3台は余裕で並走できるであろうという道幅である(ゆえに表通りの広さは言うまでもない)。建物も平屋がほとんど、あっても2階までだから、日光が燦々と降り注いでいて明るい。さすがヒトより羊の方が多い国、土地ならいくらでも余っておりますと言下に示されているようで、日本の都会で家も店も折り重なるように暮しているのがむなしくなる有様である。

 

その路地の向こう側から、1人の女が歩いてきた。

 

年の頃は30そこそこ、背中まで届くブロンドのロングヘアーだった。だが、何より目を引いたのは、彼女が地面を引きずるほどの長い真っ黒な「マント」を羽織り、その下は肌着かと思うようなへそ出しのタンクトップにショートパンツをはいていたからである。色はいずれも黒。そして、裸足だった。

 

言っておくがこれは8月の出来事である。南半球に位置するオーストラリアにおいて、8月といえば真冬である。フリーマントルは海沿いにあって比較的、気候は温暖ではあるのだが、それを差し引いても四国・九州の冬程度には寒い。そこへきて防寒着的なものはマントだけ、しかもその中身は服を着ているとも言い難い服装で、そのうえ裸足なのだから、それを目の当たりにしたときの驚きを想像していただきたい。あきらかに異常な光景なのである。

 

女はまっすぐ正面を向いたまま、道の真ん中をゆっくりと歩いてくる。ぼくは不安に駆られて辺りを見回したが、間の悪いことにそのとき周囲には誰もいなかった。正直もう一度見る勇気は無かったのだが、ええいままよ、と正面を向き直すと、女の姿は消えていた。この道には入れる路地はない。怖いもの見たさで、ぼくは通りに面している店を覗き込んでみたのだが、どの店にも女の姿はなかった。

 

そこでぼくは確信した。あれは魔女だった。