『図書館の大魔術師』考察ブログ

~しがないつぶやき【Z:sub】~

私立入試と道路標識

塾講師にとっての1月は、本格的な受験シーズンの到来を意味する。

高校生なら大学入試センター試験(2021年からは大学入学共通テスト)、中学生は私立高校入試である。香川県において、私立高校の入試は基本的にすべり止めであって、本命は3月の公立入試である。

 

近年では私立高校も進学実績を確保するために、必要最低限に達してない生徒は容赦なく足切りをされるようになってきた。具体的には診断テストの合計が50点(250満点)に満たない場合は、受け入れてもらえる私立がグッと少なくなってしまうのである。

 

それにひきかえ、ぼくが受験生であった頃の私立入試は、まだまだある意味で牧歌的であった。高校にもよるが、教科は英語・数学・国語の3つであったし、面接も無かったと記憶している。試験内容もすこぶる易しくて、どの教科も1問を除いて思わず笑ってしまうほど簡単だった。同じ私立を受ける生徒は、当日まとめて中学校がチャーターしたバスで向かったので、試験を受けに行くと言うよりも、むしろ遠足に近いものであった。

なにしろ20年近く前のことですから、現在はバスをチャーターすることはないかもしれません。現に、ぼくが塾講師を始めてから10年くらい経つけれども、どの生徒も保護者に送迎してもらうか、交通機関を使って自力で向かっています。あるいは、ぼくの中学校が県の端に位置していて交通手段が乏しいため、学校側の特別な配慮があったのやも知れませぬ。

 

それでもやはり、入試に向かっているという事実は確実に受験生の精神に影響を与えており、圧し掛かってくる緊張感を、遠足気分という虚勢で覆い隠していただけであったとも言える。友人同士で笑い合いながらも、ふとした時に無表情になったり、沈黙が訪れることもあったりした。ぼくの席の隣に座った友人もその1人であった。

 

バスは国道11号線高松市内に向かってひた走る。あのとき、ぼくとその友人の席は運転手の真後ろで、フロントガラスから正面の景色がよく見えた。隣の友人が会話に乗ってこないとき、ぼくは車酔いを避けるために外の景色を眺めることにした。

 

私立入試の第一日程は毎年1月の10日前後である。いくら香川県が温暖であると言っても気温はひとケタになる。その日も例年どおり猛烈に寒かった。バスの窓ガラスは曇ってしまうので、ぼくはフロントガラスの向こう、車の正面を見ていた。

 

そうこうするうちに道の途中にある電光掲示板が見えてきた。道路の異常や渋滞などを知らせるアレである。

 

電光掲示板

こんなやつ

 

その日、掲示板に映し出されていた文字はこうだ。

「路面凍結 スリップ注意」

それを目にしたとき、ぼくの中でジョークがひらめいた。

ぼくはニヤニヤしながら、隣の友人の肩をとんとんと叩き、前方を指さしながら言った。

 

「なあなあ、アレ見て」

 

ぼくの指さす方向を目で追って掲示板の文字を見た友人は、ぼくの目論見どおり「スリップ=すべる」を連想した。滑り止めとはいえ高校受験に向かうバスの緊張した車中で、不謹慎にも不合格を連想させるような言葉をぶっこむという中学生にありがちなブラックジョークである。そこまでは良かったのだ。

 

掲示板の文字を目にした瞬間、彼は一度硬直し、それから文字どおり頭をかかえ、「あああああああああ~~」と絶望的な声をあげ始めたのである。そのまま笑って流されると思っていたぼくは、予想以上にナイーブになっていた彼の、想定外のリアクションに狼狽えてしまい、残りの道中はずっと彼をなぐさめ励ますことになった。

 

結果から言えば、その私立高校には2人とも(それどころか受けに行った全員が)無事に合格した。

 

いまとなっては笑い話のひとつである。

 

いま塾講師の仕事をしているせいもあるかもしれないが、毎年この季節になるとあの出来事を思い出す。そして毎年、その友人に対して、あの時は申し訳ないことをしたと思ってしまうのである。