ポケモン図鑑、完成したよ! 〜遭遇編〜
■ 「赤にするか、緑にするか。ちょっとちがうよ」
ぼくは昭和61年の生まれで、小学生の6年間がすっぽり1990年代におさまっています。その世代が死ぬほどハマったゲームが、かの有名な「ポケモン」でした。
ぼくが小学4年生、1996年に第1作「赤・緑」が発売されました。しかし、なにぶん田舎なものですから、ぼくの周囲で流行し始めたのは1年遅れて5年生のときだったのですが、あの当時はもう、男だろうと女だろうと全員がポケモンをやっていました。
「通信ケーブルで、モンスターをとりかえっこ」
「赤にするか、緑にするか。ちょっとちがうよ」
たしかナレーションは星一徹の声の加藤精三さんだったと記憶しています。ゲームの中で「ポケモン」の略称はあるにもかかわらずモンスターと言っているところに、まだ市民権を得ていなかったということが分かります。
ぼくは個人的に思うのですが、いまはこれだけ遊べる道具があり(ゲーム機)、見れるものがあり(YouTubeや有料動画)、触れられるものがあるから(スマホやタブレット)、それぞれに費やせる時間は相対的に少なくなり、飽きてしまうのもある種の必然なのです。
ぼくが小学生だった1990年代にあんなにもポケモンが大流行したのは、もちろんよくできたゲームであったとは思うのですが、それ以上に、今ほど子どもの遊びに多様性がなかったということも、要因のひとつとしてあると思うわけです。
(つづく。次回、消滅編「金ver.で起きた悲劇」)